東京地方裁判所 昭和35年(ワ)6816号 判決 1963年6月11日
原告 丸由工材株式会社
右代表者代表取締役 沢田勇夫
右訴訟代理人弁護士 加藤友一
被告 株式会社田沼酸素商会
右代表者代表取締役 田沼亮
右訴訟代理人弁護士 三島保
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
被告提出の全証拠によるも、原告主張の取引につき取立債務とする旨の特約がなされた点まで認定することはできないので、移送の申立は理由がない。
原告と被告がともに工業薬品の販売を業とする株式会社であること、被告が原告よりその主張する期間カーバイト等を買いうけたことは当事者間に争がない。
成立に争のない乙第五一号証≪中略≫によると右取引期間のうち、原告の社員川口右が担当者となつた昭和三二年三月以降の取引についての売掛代金は全額弁済せられたことが認められ、これに反する証拠はない。
従つて、それ以前の取引について代金債務が存在するか否かについて検討する。
原告代表者本人訊問の結果によると、原告は、カーバイト、プロパン、アルゴン等の高圧ガスおよびそれらに関係する容器器具類の卸売商人であることが認められ、従つて原告が被告に売却した商品の代価の支払を求める本訴債権は民法第一七三条により二年間の短期時効により消滅すべきものである。原告は弁済額に争のある債権については短期時効の規定の適用はなく商事一般の五年の時効によるべきである、と主張するが、その様に解すべき理由はない。
ところで、消滅時効は同法第一六六条第一項により権利を行使することを得る時より進行するものであるが、これを本件についてみるに前記証人川口の証言(第二回)によると原告は被告に対し、取引の都度若くは毎月分をまとめて請求書を発行し、その支払をうけていたことが認められ、従つて、取引の都度若くはおそくとも取引後一ヵ月後には毎回代金を請求しうる、即ち権利を行使しうる時期が到来していたもので、その時より時効期間は進行するものといわねばならない。原告は、継続的取引においてその代金債権の消滅時効は最終の代金支払のなされた日の翌日より進行すべきであると、主張するが、前記民法第一六六条第一項に照し、そのように解すべき根拠はない。尚、継続的取引においてその終期が到来して始めて期間内の取引代金について請求しうべき履行期が到来する、旨の主張とすれば、かかる特殊な合意の存在を認めるべき証拠はなく、請求支払についての前記認定に矛盾するもので、この主張も理由がない。また、原告は原告の当時の担当社員柴田寅雄が仮空の領収証を発行しており、それを被告に示されたため、代金債権は弁済によつて消滅していたものと誤信していたところ、これが仮空のものと判明し、代金債権の存在を知るに至つた昭和三五年五月二二日より消滅時効は進行する旨主張するが、前記法文上、債権者において債権の存否について、その認識如何に関係なく、進行を開始すべきものであるから、この主張もそれ自体において理由がない。
原告はそのほか、昭和三二年三月頃右柴田の後任の担当社員として前記川口が引継をなした際被告と帳簿の照合をしたところ、数額に符合しない個所があつたので、整理したうえ後日これが請求をなす旨合意したと主張する。その意味するところは必ずしも明瞭ではないが、消滅時効の開始時期未到来の趣旨に解すると、かかる帳簿整理の一致が現在までなされていないこと弁論の全趣旨により明らかで、従つて本件代金債権について履行期が到来していないこととなり、このような結論をもたらすことは当事者殊に債権者である原告の合理的な意思解釈ということはできず、これを時効利益の放棄としてみることも当事者、殊に債務者である被告の合理的な意思とは解することはできず、本来債権は債務者の同意を要せずして行使できるべきものであるから、むしろこのような合意は原告として調査の上請求する、即ち請求権を放棄しない。という程度の意味以上に解すべき余地はない。従つてこの点の主張も理由がない。
次に原告は、被告は本件口頭弁論が昭和三五年一〇月一日に始つているのに、審理の最終の段階である昭和三八年二月二三日の口頭弁論期日に至つてようやく時効の援用をなし、それまでは専ら弁済による債務消滅のみを主張してきたことは時効の利益を放棄したものである、と主張するが、被告の抗弁の提出が原告主張のとおりだとしても、これをもつて時効の利益の放棄と解することはできない。
そうだとするとその他時効中断事由、時効利益の放棄について何らの主張立証はないから昭和三二年三月、原告の担当社員交替以前の取引についての売掛代金債権は、原告主張のとおり残つていたとしても被告主張の弁済の有無に拘らず、全て本訴提起の時であること記録上明らかな昭和三五年八月一九日既に前記短期時効により消滅していたものといわねばならない。
そうすると、原告の主張する売掛代金債権は既に消滅しているものであるから、これが履行を求める請求は、その余の判断をなすまでもなく理由がない。
次に原告の予備的請求原因について判断する。
かりに原告主張のとおり被告が原告の担当社員と共同して仮空の領収証を発行せしめたとしても、それがために原告の売掛代金債権が消滅するいわれはなく、原告において、これが債権を行使するに何らの支障はなかつたもので、これが行使が不能となつたために生じた原告の損害は、前記認定のとおり時効により債権が消滅したためにほかならず、これは被告の行為如何に拘らず一方的になしうる権利行使を原告においてなさなかつたために生じたものであるから、そのために生じた結果と被告の行為との間には、法律上因果関係は認められない。その他これが因果関係の認められる損害について何らの主張のない原告の予備的請求原因は、かりに被告が原告主張の不法行為をなしたとしてもその前提において理由がない。
よつて原告の請求はいずれも理由がないので、これを棄却すべく訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 三好徳郎)